都市農業のパイオニアに聞く!農業体験農園の魅力と役割

近年、都市住民が身近に始められる農業が注目されています。
今回は、平成8年に全国で初めて農業体験農園(※)「緑と農の体験塾」を開園された都市農業のパイオニア・加藤農園 園主 加藤義松さん(東京都練馬区)にお話を伺いました。


(※当社発行の農業フリーペーパー「VOICE」39号/2017年夏号より転載)

農業体験農園の魅力と役割

―現在は様々な体験農園が開設されていますが、その原型を作ったのは加藤さんだと知りました。なぜ始められたのですか?
 きっかけは大きく2つありますが、ここ20~30年で都市農業の環境も随分変わったので、当時の状況も含めお話します。
 まず1つ目は、「地域の方々に農業を理解してもらう取り組みをしないと宅地化してしまう」と危機感を持ったからです。私が小さい頃、この地域は田畑が広がっていましたが、高度経済成長期の波がきて、昭和43年には新都市計画法ができました。この法律は簡単に言うと「都市の農地は10年以内に宅地化しないさい」というものですが、この地域も指定区域に入り、周りの畑はどんどん住宅に変わっていきました。加えて、マスコミはじめ世論は「農家が農地を手放さないから地価が高いんだ。宅地化しろ」と風当たりが強かったんです。だからこそ、農業への理解者を増やしたいと思いました。
 もう1つは、「農業は人に感動を与えることができる!」と衝撃を受けたからです。私の娘が小学生の頃、PTAから「収穫体験をさせてほしい」との申し出があり、親子70~80名がいろいろな野菜を収穫しました。野菜のなかに里芋もあったのですが、掘り上げたとき大歓声が上がったんですよね。それを見て、「同じ農業をするなら、こういう仕事をしたい」と思いました。
 これをきっかけに体験農園の構想ができました。このアイディアを友人の白石好孝(白石農園・東京都練馬区)に話したら乗ってくれて、実現へ向けて進んでいきました。

―開園されるまで、どのような苦労がありましたか?
 一番の問題は法律上の問題でした。資料を作り練馬区に持って行ったところ「農地法の関係で非常に難しい」と言われましたが、区の担当者も興味を持ってくれました。この体験農園の仕組みは、行政にとっても利点のある取組みだったからです。

―なぜですか?
 昔から行政管轄の市民農園はあったのですが、利用者同士のトラブルや周辺住民からのクレームなど様々な問題を抱えていました。それを農家が自ら解決してくれるなら行政としてはありがたいですよね。加えて、農業経営にもプラスになる仕組みなので、どうにか実現できないものかと交渉を繰り返し、4年かけて開園にこぎつけました。

―4年ですか!やはり最初は大変だったのですね…。開園から20年以上経ちますが、今の利用状況を教えていただけますか?
 1区画が30平米あり、全部で153区画ありますが、全て埋まっています。契約は1年間で、5年間更新できます。利用者の利点は、野菜を短期間でプロ並みに作れるようになること。しかも、農具や種苗は園主が提供するので手ぶらで参加できますし、1年を通して自分で作った新鮮な野菜を食べられます。利用者の9割は練馬区民で、畑からすぐ近くに住む方も利用されていますよ。


(写真)左:利用者の質問に丁寧に対応する加藤さん / 中央下:区画ごとに立札が立てられている。
    中央上:畑の周囲は住宅に囲まれている。 / 右:自転車で来られる方も多い。

―利用者の中には頻繁に来られない方もいると思いますが、その場合は加藤さんが野菜の管理をされるのですか?
 私は一切面倒は見ません。なぜなら、失敗も必要だからです。たとえ管理が悪くて枯れたとしても「悪い例」として勉強できるじゃないですか。それもいいことだと思います。
 また、畑の管理は個人の問題ではなく、畑全体の問題になることは、皆さんも意識されていると思います。例えば管理が悪くて害虫が発生すれば、そこからほかの利用者の区画に広がる可能性もありますが、そうならないよう気遣う心も生まれてきます。
 体験農園の大きな特徴は、こうしたコミュニティーが発達することだと感じています。

―コミュニティーですか?
 そうです。畑の中だけでなく、近隣住民との新しいコミュニティーもこの農園を中心に生まれました。例えば、炊き出し訓練。当農園では年に2回ほど収穫祭をするので大きな寸胴やコンロがありますが、もし震災があったときには、それらを使って炊き出しができますよね。それもあり、近隣の町会と連携して炊き出し訓練をしましたが、その時は300人ぐらい参加しました。
 近年、都市農業は価値や役割が大きく変わり、地域の役割をも担うようになりました。だからこそ、近隣住民にとって、なくてはならない存在になることが重要なんです。

―加藤さんは、都市農業をどのようなものだと考えられていますか?
 とても透明性のあるものだと思います。周りが消費者という中で農業をしていますから。「地域の人たちが近くの畑の野菜を食べて、その野菜についてもっと知りたくなる。その情報を農家が出していく」というような地域密着型の農業が全国で広まれば、日本全体で農業への理解も深まると思いますし、都市農業にはその使命があると思います。
 それに、都市の中に農地があるのは、かつて都市計画に失敗して混在してしまったという経緯はありますが、先進国ではかなり珍しく、2019年にはここ練馬区で「世界都市農業サミット」が開催される予定です。都市農業は日本農業をコマーシャルする最前線基地にも成りえると思います。

―最後に学生に一言お願いします!
 日本の農産物は、世界の中でもナンバーワンだと思います。だからこそ、日本の農産物に自信をもってほしいし、地域でつくられる野菜をもっと食べてほしいですね。

就農のきっかけ&やりがい

Q.就農のきっかけを教えてください。
A.当時、農業をすると社会から取り残されるようなイメージがあり、「農家にだけはなるまい。絶対に継がない」と思っていましたが、母が早くに亡くなり、けっこうな面積を一人で耕す父の姿を見て「やらないといけないな」と思い、26歳のときに仕事を辞めて就農しました。一大決心でしたよ。

Q.農業にやりがいを感じるようになったのはいつ頃からですか?
A.30歳で直売を始めてからですね。それまでは外にテーブルを出してちょこちょこ販売していましたが、そこそこ売れたので、「大きくやっても売れるかも」と思い、畑の近くに物置小屋を建てて始めました。当時は市場出荷が当たり前で農家直売が珍しかったこともあり、大繁盛しましたね。朝9時の開店時にはすでにお客さんがいて、商品がなくなれば畑に走って採ってきて売るという感じで、ずーっと走り回っていました。「お客さんに評価されて、感謝されて、かつ収益も上がるのが理想的な良い仕事だな」と実感しました。
 体験農園でも利用者に感激してもらえると嬉しいですし、利用者のなかには大手企業で働いていた方などもいて、こちらが勉強させてもらうことも沢山あります。開園当時は、利用者から「加藤さんのやってることは社会的にすごく価値がある。頑張れよ」と励まされたことも自信につながりましたね。

(※)農業体験農園

 農業者が「経営の一環として消費者参加型の農業」(*)を行うこと。
 行政等が主導する市民農園や民間企業等が提供する体験農園と異なり、農業者が営農の一部を消費者に提供し、消費者と共に農作業を行う点が大きな特徴です。
 「農業体験農園」は、あくまで営農の一部であるため、作目や品種、農具、栽培方法などは園主が決定し提供します。利用者は自分の好きなものを勝手に作ることはできませんが、農家から直接指導を受けられたり、高品質な野菜を収穫できるなどの様々な利点があります。この方式は「練馬方式」とも呼ばれ、全国に広まっています。


△ 必要な農具や種苗、農薬等が準備されている。講習用の掲示板やスペースも完備。

[引用・参考]
・(*)全国農業体験農園協会(http://nouenkyoukai.com/whats.htm)より引用 
・「都市農業必携ガイド」(著:小野淳ほか、発行:農山漁村文化協会)

リンク

 農業体験農園「緑と農の体験塾」
⇒ http://midoritonou.main.jp/


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